Photo 12

新潟県中越地震の爪跡

2004.10.23(土) 午後5時55分

10月23日 午後6時前、十日町市では誰しも予想していなかった大地震が突然襲い掛かりました。
当館は、2回目の揺れまでは耐えましたが、3回目でついに力尽き無残な姿となってしまいました。

驚いた事に、夕食時にも係わらず、1件の火災も発生しなかった事は不幸中の幸いでした。


地震の翌日撮影した原田屋旅館の全景、玄関の母屋部分は
前に傾き、大黒柱は中央で真っ二つに折れてしまいました。


玄関前にどっしり構えて、お客様をお迎えした春日灯篭
柱も歪み、自然の力の恐さに思い知らされました。


玄関脇に張られた「危険」と書かれた赤い紙、崩壊の危険が
あると言うことで、立ち入り禁止と書かれています。


灯篭の拡大写真です。
池の中に倒れ込み、錦鯉も哀れな姿になってしまいました。


写真にすると判りづらいかもしれませんが、かなり前に傾いています。
障子も異様な裂け方をして、不気味さを感じます!!


鉄筋部分にくっ付いていた母屋部分の隙間。
50センチ近くありました。


隙間を家の中から見たところです。隣の家の屋根が見えてます。
足元もゆら付いてちょっと中に入るのが不安でした!!


ひどい部屋はこんな感じです。本箱は倒れ、花瓶は割れ
壁ははがれ落ちてしまいました。


2階の客室に上がる階段部分、しっかりはまっていた手すりも
見事に抜けてしまいました。どんな動きをしたのか不思議です?


お客様用洗面所(2階)、ここも鉄筋との境目になっていますが
やはり、5センチ程の隙間が出来てしまいました。


洗面所の柱部分、折れたというよりも引き裂かれた感じです!!
床は、めくれ上がってしまいました。


客室の照明と額はご覧のとおり落下してしまいました。
押入れのドアも閉まらなくなっています。

いよいよ取り壊しです。原田屋の顔とも言うべき、玄関に
メスを入るような瞬間で、言葉に出ない寂しさを感じました。

崩壊の危機に至る前に決断をしたので、早い時期に解体が始まりました。
マスコミの方の取材が多くて、変な意味で全国的に有名に・・

取り壊し2日目、解体も進み瓦礫も山のようになって来ました。
これをまた、分別する作業に時間を要します。

いよいよ鉄筋部分が見えて来ました。雨が降っているので
埃も立たず作業もスムーズに進行していますが
未だに信じたくない気持ちです。

アーケード内での食事風景、寒さを堪えながら支援食料と
暖かい味噌汁で腹ごしらえをしているところです。


「向こう三軒両隣り」 まさにこういう時に進化を発揮するようです。
みんなで協力しあいながら、不安に立ち向かう姿は頼もしい限りです!!

落ち着きを取り戻した頃、親戚がお見舞いに駆けつけてくれました。
お土産のお寿司をご馳走になり、疲れを癒します。


片付けもはかどって、休憩時間のひとコマ。
この笑顔がある限り、復興も早いと願っています。


ほとんど取り壊しも終わりに近づき、むき出しになった鉄筋部分
玄関が無いので、お客様をお迎えする事が出来なくなりました。

和室から見た母屋部分です。
この状態で冬を迎え、更地になるのは来春でしょうか?
和室は、宿泊可能なんですが・・・・。

駐車場に出された物を分別している様子です。
軽トラックで、毎日毎日焼却場へ通いましたが、燃える物と燃えない物を
分ける作業に大変でした。


家の中の後片付けは大変でしたが、鉄筋部分にすべての設備が
集合していた為、仮設の設備で何とか生活が出来るようになりました。